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神崎繁訳『新版アリストテレス全集15』 刊行日 2014/08/27 岩波書店
三段論法を発明したのはアリストテレスであるが、法律家にとっては価値判断(大前提)と事実認識(小前提)からなる法的三段論法を真の意味で身に付けるために必須の書であると考えられる。そもそも価値判断と事実認識を区別することもアリストテレスに由来する。
また、全人類にとっても自分の人生について「善く生きる」(価値判断)ということを自分自身で考え、選択するために極めて有用な書籍であるということが説明不要なほど古典的名著中の名著である。
ホワイトヘッドは、「すべての西洋哲学の歴史は、プラトンへの脚注に過ぎない」という言葉を残したとされるが、現在の学問としての人文科学と社会科学についても、アリストテレスの著作群の検証と修正、現代への応用でほとんどが説明できてしまう。というよりも、アリストテレスにより発明された(明確化された)多くの概念を基礎として用いないとそもそも学問的な議論は成り立たない。
学問として体系化するということも多くはアリストテレスに由来する。断片的なものとしての考え、思想は西洋、東洋を問わずアリストテレス以前からあったわけであるが、体系化によって思考の帰納的な節約と演繹的な拡大が図られたのは、アリストテレスによって学問として体系化されたことが大きいといえる。
あまりにもすごすぎる名著なので、全文を引用したいところではあるが、特に印象に残った、考察したい箇所を少しずつ引用していくことにしたい。
『政治学』神崎繁・相澤康隆・瀬口昌久訳、『家政論』瀬口昌久訳『新版アリストテレス全集17』 刊行日 2018/03/28 岩波書店
『ニコマコス倫理学』に続く『政治学』と国家ではなくその部分(要素)である家庭における『家政論』についての書籍である。
現代では、国家や法制度、経済制度(取引制度)などを所与として考える人が多いと思われるが、それらが一応、慣習として存在するが、そこまで確固とした制度とはいえない時代において、国家や法制度、経済制度などがなぜ人間が善くいきるために必要な制度なのか、どのような制度が善い制度なのかなどについて、根本的なレベルから考察が加えられているため、現代においても参考になることが多いと思われる。
特に印象に残った、考察したい箇所を少しずつ引用していくことにしたい。
アリストテレスの『弁論術』は、現代の法律家にとっても有益な点が多い。
記憶や期待に基づく快楽があるということを指摘している(p114)が、このことは現代においてはドーパミンの放出として科学的にも実証されている。
不正の考察の三視点(p104)も現在の不正の考察(不正のトライアングル)にも通じる。
なお、法律学での「論証」という用語は、事実認識や真理の探究ではなく、価値判断としての選択の探求であるため「弁証」という訳語の方が適切であると考えられる。
特に印象に残った、考察したい箇所を少しずつ引用していくことにしたい。
平田清明、井上泰夫訳 刊行日 2013/03/15 岩波文庫
経済学の基本は生産と消費を循環(巡歴)させることであることを説明するとともに、「不妊の貯蓄」、「貨幣財産集積」がその阻害要因であることを指摘していた経済学の古典的名著。第一版は1758年であり、アダム・スミスの『国富論』(1776年)よりも早い。農業(生産)以外の不生産的支出(工業、商業)のレッセフェール(自由放任)も提言した。
下層民(といっても多数派の一般市民)の康楽を減らさないことを提言したことは、奴隷には楽しみが必要であると指摘したアリストテレスの考えにも通ずる点がある。
ケネーは医学者であるが、危機が元々、ヒポクラテス由来の医学用語であり、ケネーが王政の危機で経済学に適用したということは本書の訳者解説(p305)で初めて知ったものだと思う。
循環の阻害要因である「不妊の貯蓄」、「貨幣財産集積」あるいは「高利貸資本家(ランチエ=寄生地主)」のような生き方を事実上、容認、奨励している(そして、その結果として高利貸資本家以外を巻き込んだ恐慌などを起こしている)現代の一部の経済学を学ぶ以前に本書の考え方を学ぶことが有用であると考える。
租税立法学・財政学においては、本書において提言される「租税徴収や政府支出の財政活動がけっして貨幣財産集積の一要因となるようなことのないこと」というのを基本命題とすべきである。
公共事業を行うケインズ政策も政府支出の財政活動が特定の事業者の貨幣財産集積に終わってしまうのであれば、効果は薄い。昭和の時代では公共事業で貨幣財産集積があっても人口の増加に伴う循環の自然増があったため問題とされなかったこともあったのかもしれないが、現代では、一部の経済学により貨幣財産集積が助長され、公共事業以外でも貨幣財産集積が行われているため、公共事業での貨幣財産集積は政策としては致命傷になり得る。 「不妊の貯蓄」、「貨幣財産集積」は、投資と貯蓄の均衡を崩し、あるいは投資に代わる投機に繋がるという意味で博打で生活しようとする他人の博打に多くの人を巻き込む危険性を伴うものである。
なお、ケネーの循環においては、社会に大きな変動がないことが基本的な前提であり、人口の増加やシュンペーターのいう新結合が起こる場合などでは、そのままの定常的な循環となるわけではない。大事なことは循環を確保しつつ、新結合を含む生産の促進と新結合による消費の効用を増大させ、生産と消費を調和させつつ、より良い循環に変化させることであり、それを阻害する要因となる「不妊の貯蓄」、「貨幣財産集積」をいかに規制するかである。
題名のemploymentは雇用(人の活用)として訳されているが、内容も含めれば人(労働力)を含む資源の活用と訳した方が適切であるように思える。資源の活用と利子率と貨幣の3者間に構築される関係の一般理論を論じたものである。
経済には慣習と期待(評価の慣習的基礎)の変化が重要な影響を及ぼす。
「投機家は企業活動の堅実な流れに浮かぶ泡沫としてならばあるいは無害かもしれない。しかし企業活動が投機の渦巻きに翻弄される泡沫になってしまうと、事は重大な局面を迎える。一国の資本発展が賭博場(カジノ)での賭け事の副産物となってしまったら、なにもかも始末に負えなくなってしまうだろう。」(上巻220頁)
ケインズ経済学は経済学の教科書で単純化されて説明されていることが多いと思われるが、その思想的背景としての最終章「第24章 一般理論の誘う社会哲学—結語的覚書」(下巻178頁以下)は、現在の日本社会においても思い当たる点がある。
富と所得の不平等を除去するための税制を推し進めることに二の足を踏む事情として指摘された、資本の成長が資本家の貯蓄に依存しているという(誤った)信念は、現代日本においても形を変えながら存続しているように思える。
ケインズはマクロ経済学(の基礎)として学ぶことよりも、その思想的背景をも学ぶことの方が重要であると思える。
「良くも悪くも危険になるのは、既得権益ではなく、思想である。」(下巻194頁)
塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳 刊行日 1977/09/16 岩波文庫
シュンペーターの経済発展の理論について、J.S.ミルの自然法則としての生産と社会法則としての分配の区別(上巻42頁)や本源的資本利子と消費的貸付利子の区別(下巻102頁、後者がアリストテレスやキリスト教などで批判されていたもの)が前提とされていたことを確認することができた。
現在においてシュンペーターの経済発展の理論を推奨するにせよ、これらの区別は極めて重要である。
なお、シュンペーターの経済思想は「創造的破壊」という言葉で説明されることがあるが、①創造→(結果として)②破壊であり、①(とりあえず)破壊→創造の順番では迷惑である。
この点については、「内田樹先生の風雲自在」(『蛍雪時代』2026年4月号)から以下を引用したい。
(以下引用)
「みごとな破壊よりしょぼい創造を」、「力を誇示したい人間は必ず破壊に回る」、「物を壊すことは簡単だけれど、ものを創ることはたいへんだ」、「「創造はしょぼい」のが当たり前」、「ものを破壊する暇があったら、新しい価値を創造しましょう。なんでもいいんです。」
(以上引用)
それなりの価値のある既存のものを破壊してしまう(価値を否定してしまう)ほどの、より価値の高いものが創造されれば、それは経済発展にも繋がるだろうし、既存のものが破壊される(価値がなくなる)こともやむを得ないのであるが、価値のあるものを無意味に破壊して、間に合わせとして価値の低いものを創造するというのでは何ら正当化できないのであって、これも区別が必要である。
刊行日 2020/09/30 同文舘出版
実務では現在の会計基準に従って会計処理をする際に、その思想背景を深く考えることはまれであるが、現在の会計基準がどうしてこのような会計基準になったのか、あるいは会計の前提としての簿記がどのように発達したのかを歴史を学習することは有用であると考えられる。
端的にいえば、経済学がどのように会計に影響を与えたのか、そのような中で会計学はどうあるべきかを考えることは有用であると考えられる。
産業資本主義から金融資本主義への移行の中で、信頼性よりも(投資家の)意思決定有用性が優先されるようになり、客観的に検証可能な過去の実績よりも、経営者から投資家へのマニフェスト的な将来の予測が優先されるようになったという流れは、実態としてもそのように認識しておくべきであろう。
会計ビッグバン以降、時価主義会計が原価主義会計に取り入れられ、混合測定会計となっているのもそのような流れに位置付けることができる。
公正価値(fair value)というネーミング自体の持つ影響に対して戦略性を見出す著者の視点は極めて参考となった。実務では公正価値という言葉を時価とほぼ同じ意味で何気なく使うことも多いが、言葉の背後に込められた戦略を見出すことは有用であると考えられる。
著者は、意思決定有用性アプローチに代わる開示情報信頼性アプローチも提案するが、会計学としてそのようなアプローチを採用することは検討に値すると考えられる。著者は会計学の重要な課題として「単純に利益の極大化ではなく、適正な利益志向とその配分の問題」(102頁)も提起している。
なお、意思決定の予測が重視される点については、「予測産業および予測症候群が現れ」「企業幹部—未来を知る責任を負わされた弱みを持つ官僚主義者ーが」「予測者によって救われた」(J・K・ガルブレイス『経済学の歴史』鈴木哲太郎訳,1988年,ダイヤモンド社,378,379頁)という指摘を思い起こすことができる。
もっとも、予測の当否で利益の配分を決定することはギャンブルにほかならず、利益の帰属を正当化することは困難であろう。
会計学の基本問題として、会計とは、簿記とは、などについて、著者の思索や先行文献の検討などを行っており、非常に参考となった。簿記については、渡邉泉『会計学の誕生』(2017年,岩波新書)を読んだ際には、会計学では簿記(≒複式簿記)をこのように定義しているのかと素朴に考えたが、本書を読み(87頁~)、そのような考え方も相対化することができた。
本書も引用する(29頁)「会計は成績である。会計は配分である。会計はルールである。」(川本淳『はじめて出会う会計学(新版)』2015年,有斐閣,310頁)というのは、会計の基本的な本質であると思われる。また、(49頁)「すべての会計上の思考は利益に通じる」(山桝忠恕「「資本維持」考」企業利益研究委員会(編)『会計上の利益概念』1968年,239頁)というのは、利益を通じて経済学と接点を持つことの必然性を感じた。
ただし、(155頁)「FASBはEMH(効率的市場仮説)を認めない」(キング/友岡(訳)『歴史に学ぶ会計の「なぜ?」』165頁)ということからすれば、アメリカの会計学においても経済学とは異なる基本があるということも窺うことができた。
私自身、法律と会計の専門家として、会計上の取引と法律上の取引の違いをあまり会計に詳しくない他の法律家に説明することが多いが、その違いの説明するのに本書の説明は非常に便利である(20,23頁)。ただし、民法の取引(契約)は本書の説明のとおりであるが、会社法や税法などにおいては、会計上の取引を法律要件の参照先(根拠)として説明しなければならないものもあり、その使い分けには注意を要する。
意味のある比較可能性や客観性と実質(実態)の対比などの考え方(視点)も非常に参考となった。
刊行日 2019/06/01 中央経済社
会計の本質について、科学哲学の思想を背景として考察した書籍。現代の実務的な会計の勉強からは離れるが、非常に参考となった。
本書で説明されるマテシッチの「実在性の玉ねぎモデル」(onion model of reality:OMR)は、物理的実体と社会的実体(言語、法、貨幣など)の区別を分かりやすく説明できるように感じた。「実在性の玉ねぎモデル」は、円の中心(玉ねぎの芯)から物理的実在性、生物的実在性、社会的・文化的実在性が広がっていくイメージである。
本書が概説書として引用する山口眞弘=住田正二『港湾行政』で定義されるように港湾では、海陸交通の連絡の機能が営まれている。特に物の流通においては現在においても海運の終結点である港湾が基本である。海運の利益は国民全体が享受しており、さらには日本の食料自給率を考えれば文字通り死活問題であり、海運の終結点である港湾は公共の利益に直結するため、公共の規制も必要となる。
公企業の特許(concession)の法理(p161)という、戦前の学説・実務への考え方も参考となった。
港湾にも港湾脱炭素化推進計画(法50条の2~50条の5)があること(p213)などは、脱炭素化についての国家の取組みが広範なことを知ることとなった。
平成18年改正で技術基準が仕様規定から性能規定に変更された(p277)ことなどは、行為よりも結果を重視する流れがあったように感じた。
港湾法において「港湾の効率的な運営」という文言が採用されたのは平成23年改正(p175)とのことである。
管理を狭義の管理(ハード面)と運営(ソフト面)に区分し、公的機関と民間事業者がどのように役割を分けると効率化されるか、何かあった際の責任の分担をどうするかなどは、港湾施設の問題というだけでなく法政策一般の共通の問題である。
刊行日 2026/02/20 東京電機大学出版局
電気事業には、小売電気事業、一般送配電事業、送電事業、配電事業、特定送配電事業、発電事業、特定卸供給事業があり(電気事業法2条1項16号)、本書を読む前は、ネットワーク効果と自然独占といった経済的な問題に注意が行きがちであったが、そもそも電気や電気工作物には自然において危険性があり、それを保安するための各種の規制などについて学ぶことができた。保安については、自然法則に基づいて製作されたものであるがゆえに管理可能であると考えられてはいるが、最終的には人の問題があるため、技術基準、電気工事士資格、施設の管理や監視など様々な規制により安全を確保しようとしていることを知ることができた。
職業上、特に気になったものとしては、所定の表示がない違法な電気用品の販売禁止(電気用品安全法27条)や電気事業用電気工作物の運転を管理する電子計算機に対するサイバーセキュリティの確保(電気設備技術基準省令15条の2。自家用電気工作物にも適用拡大)がある。